モスクワ日本人学校の歩み

  従来,当地在留邦人子女のうち,大使館家族の子女は,主としてアングロ・アメリカンスクール(A・A・S)に通学し,その他はソ連に通学していましたが,A・A・Sは昭和40年頃より英米系児童数増加のために,邦人子女まで収容することが漸次困難となり,ついに昭和42年度からは,ごく一部を除き現に通学中の者すら収容し得ない旨の通告を受けるという状態に立ち至りました。他方,ソ連の公立学校については2部授業の不便を忍び,教育制度の違いに基づいて生ずる種々の問題を抱えながらも,他に適当な施設がないため,やむを得ずそこに通学せざるを得ないという状況にありました。
 困難をきわめていた在ソ日本子女教育は,関係者の努力により「学校運営委員会」が設置され,これを母体にし開校準備が始められ,ついに昭和42年10月2日モスクワ日本人学校の創立を見ることができました。以来,30余年の間幾多の変遷を経て今日に至りました。

(1)昭和42年〜52年
 この10年は,生みの苦しみを経て学校教育の基盤を創るとともに,海外における日本人子女教育のあり方を模索した時代でした。学校としての建物確保の準備が何よりも優先されたときであり,3回も校舎を移転しながらようやく「モスクワ日本人学校」の名を定めるに至りました。さらに「国内公立高等学校受験資格認定校」となりました。その後日本人学校としてのあり方を求め「保護者会」が誕生しました。さらに「校歌」「校章」も制定されました。モスクワ社会に居住する者として,日ソの友好を深めるため各種の行事を通して結びつきを図ろうとしました。昭和52年10月15日には,「10周年記念行事」がもたれ,現在の校舎に移転しました。

(2)昭和53年〜62年
 この頃は,学校教育としての内容も整い,教育活動に一定の方向性をもつことができ,実践の充実に力を入れることができる学校環境になってきました。

(3)昭和63年〜平成13年
 創立20周年を経た今日,本校の教育内容は,義務教育としての教育課程が整い,さらにモスクワの諸条件を生かして,国際性豊かな子どもたちを育成できる環境にも恵まれてきました。これからの10年間は教育活動の原点に戻り,知・徳・体の調和のとれた人間像を目指し,一層国際理解を深めるための充実した教育活動を目指す時期にしたいと考えました。

(4)平成14年〜
 21世紀を迎え,新しい教育改革が実施に移されました。平成14年度は,小学校・中学校の学習指導要領の改訂が行われ,本校も教育内容を全面的に見直し,新しい教育課程の実施を行いました。「学校週5日制の完全実施」「ゆとりの中での生きる力の育成」「国際理解教育の推進」「教育相談のキーステーション校」等の特色ある学校づくりをめざしています。
 平成19年度には,「創立40周年記念行事」で宇宙飛行士若田光一さんの講演会が行われました。